Home > 言葉の部屋
           
CONTENTS  
+ Word Room 〜言葉の部屋〜 +

黒庵・茶会、懐石、そして漆器

  • 2009年03月13日(金)

昨夜は、レコーディングを放り出して、茶会に参加してきました。
亭主は黒庵(こくあん)の上條宗長さん。
彼の漆作品をじっくり見たかったし、懐石料理も大変美味しいので、これはレコーディングを中断してでも行く価値ありと踏みました。
http://plaza.rakuten.co.jp/kokuanjp
今までに2回ほどお茶会に参加したことがあるので、どのようなものかある程度の知識はあったのですが、今回の茶会は全く違う体験でした。
なるほど〜〜茶会の醍醐味とはこのようなものなのかと、妙に感心してしまいました。
たった三畳という小さな空間で、和ろうそくの薄暗がりの中、亭主がお茶を点てるその所作からは、もうほとんど居合い抜きのような緊張感がただよいます。
参加者は私たち夫婦と、派遣村へボランティアで参加されたNPOの藤井裕子さん、気功師&ダンサーの小林俊雄さんの4人。
狭い空間に、炉にかけた釜の沸騰している音と、様々な所作をこなす上條さんの衣擦れの音だけが広がって、私たちはただただ息をのんで見守っている。
上條さんのお話だと、茶道は本来無骨な武士たちが、自らの精神の鍛錬と憩いのために始まったもの。
ですから、例えば客の位が高かった場合、まかり間違えば切腹もあり得るような緊張の中で行われたのだ、と言うのです。
確かに上條さんの肝の座りは素晴らしいと、気功師の小林さんが感心されていた。
どんな所作をしてもブレがない、と言うのです。
なるほど〜〜確かに彼の前世は武士だったかも、、
いや〜〜美味しいお茶を二杯もがぶ飲みした無礼者の私が、上條さんに斬り殺されないで、無事茶室から出られたのは、ひとえに亭主の鍛えられた忍耐力のたまものでしょうね。
これから上條さんの茶会、やみつきになりそう、、、、
なんと、茶室は上條さんご自身でお作りになったのだそうで、漆塗りぐらいやれる人は、何でも作っちゃうんだな。

そして、彼は懐石料理まで作っちゃうのです。
ホームページに美味しい献立がのっていますが、今回はベジタリアンの私のために、特別に菜食懐石を作っていただいた。
これがまた美味しいんですよ。
懐石とは、お坊さんがお腹がすいたときに暖めた石を懐に入れたと言う逸話から来たものだそうで、よって「少量のお食事」という意味だそうです。
でもでも、最後にはもうこれ以上食べられないと言うほど、沢山のお献立が並んでいました。
「上條さん、これって本当に懐石なんですか」「はい、私のお腹には懐石です」
彼は大食漢なのでした。

さて、茶会の後は、茶室の隣の客室で彼の漆器作品を拝見した
これがまた凄いんだ。
何が凄いかって、漆黒の漆塗りのテーブルの上に、漆黒の円柱の茶入れを置くと、その境目が視覚的に判らなくなってしまう。
まるで宇宙空間に浮いているモノリスのようで、錯覚というか、幻想世界に入り込んでしまうのです。
その円柱の茶入れは「なかつぎ」と言って、ちょうど真ん中で上下に分かれているのだけど、閉まっているとその線が見えない。
気が遠くなるほど精巧に作られている。
「漆器の価値をどのように見分けるのですか」とうかがったら「どれだけ手をかけているか、それだけです」という答えが返ってきた。
漆器の製作は、30~40の複雑な行程を、ひたすら時間をかけて、丹念に丹念に作られる。
しかしその「なかつぎ」はなんと70行程を越えて製作期間2年以上を費やしているのだ。
彼の作った漆黒の円柱「なかつぎ」は、400年前に秀次という職人が作った歴史的文化財「なかつぎ」にインスパイヤーされて作ったと言う。
「なんか、作らされたような気がします」
歴史的文化財の漆器に出会って、彼は何か自分の意志を超える力を得て、それを作った。
そのような見えない力に支えられないと、それは作れない。
人間の意志程度のものではどうすることも出来ないほど、その漆器は宇宙的だ。
「この漆器を製作しているとき、秀次がどんな意識状態で作っていたのか、解ったような気がしました」
一つの漆器作品に到達するために、その漆職人がどのような意識を持っていたのか、どのようなライフスタイルをしていたのか、何を考え、何を感じていたのか、どのような境地にいたのか。
上條氏は同じプロセスを歩みながら、時空を超えて、過去の漆職人と交感したのだった。
すべてのことに同じ事が言える。
例えば一つの音楽的境地に至るために、そのアーティストがどんなライフスタイルで、何を感じ、何を考えていたのか、、、、
それは同じ境地に立とうとしたものにしか解らない。
それは悟りの境地も同じだ。
そこまでたどり着いて、初めて私たちは仏陀を知るのだろう。

上條さんが仰るには漆器は飾っておくものではなく使うためにある。
「秀次の「なかつぎ」を超えられないのは、400年間たくさんの人に愛でられてきた歴史を背負っている、ということだと思います。
私の漆器もみなさんに愛でてもらってきっと豊かな気をため込んだことでしょう。ものはそうやって成長していく気がします。」

なんちゃって、素晴らしい閉め方ですが、結局は満腹でご満悦のウォンさんでした。
上條さんはとっても優しい、気さくなおじさんです。
お茶大好き、懐石大好き、漆大好き、作ること大好きな、とっても素敵な方です。
「自分が出来る範囲のことをやっていく・・・
私は何も出来ませんが、楽しく食べて飲んで、気持ちよくお茶飲んで、ふっと自分の住む国、日本ていいなと思ってもらえたら元気になってもらえる気がしています。」
また是非お茶会に行きたいな、、、
皆さんも是非、お茶、懐石、漆器を堪能してみてください。

さて、上條さんに負けない音楽を作らねば、、、、
製作に70行程、、、ふ〜〜〜〜む

トレガーアプローチ

  • 2009年03月03日(火)

今日は、関野直行さんにわざわざ自宅まで来て頂いて、トリガーアプローチを体験させてもらった。
心底脱力しちゃって、きもちいい〜〜

トレガーアプローチとは?
心と身体にそっと語りかける、優しいボディワーク。
筋肉のひとつひとつに、「軽い感じ」、「柔らかい感じ」、「自由な感じ」を体験させることにより、自分の中の「より楽な感覚」を思い出していきます。
http://www.trager-jp.com/index.html
とホームページに書かれてありますが、実にその通りで、90分のアプローチを受けている間、どんどん脱力していく感覚を味わった。
揺らしたり、伸ばしたり、重さを量るようなことをしたり、とってもデリケートな感覚を思い起こさせる。
そう、身体に思い出してもらうといった感じ。
何気ないことをやっているようだけど、身体のパーツごとに実に的確で丁寧なアプローチをしている。
あっという間に90分が過ぎていった。
この時間感覚はある種の瞑想状態になっているのでしょう。

トレガーアプローチを受けた後、横になっていたら爆睡しちゃった。
受けている間はしっかり意識があって、眠たくなる感じはなかったのに。
これも不思議、、、

年明けからレコーディングでピアノを演奏し続けてきたわけだけど、ずっと肩や首のコリに悩まされていた。
要するに何処かに変な力がかかっているのか、姿勢が悪いことの表れなのでしょう。
また、レコーディングで集中する時間が続くと、どうしても身体が興奮して、仕事が終わった後はなかなか眠ることが出来ない。
レコーディングの後はリラックスして身体をリセットするのがとっても重要になる。
瞑想やヨガ、ストレッチ、ウォーキングやジョギング、自力では追いつかなくなると近くのスパに行ってマッサージを受けたり、色々しているわけだけど、それでも緊張とリラックスのコントロールは難しい。
長期的なレコーディングを続けるためにも、興奮と緊張を解きほぐす方法を持っていることは絶対必要ですね。

トランスパーソナル心理学では「心の問題は必ず身体の問題として表出されている」と言う。
心の問題は、何らかの形で身体に表れている、と言うの訳です。
逆に言うと、身体の問題にアプローチすることで心の問題にもアプローチすることが出来る、訳です。
チベットでは「心の問題は身体に、身体の問題は心にアプローチする」のだと野口法蔵さんが教えてくれた。
その意味で、この「トレガーアプローチ」も心にアプローチするひとつの方法としてとても有効だと思った。

そしてアプローチをする人、プラクティショナーと言うのだそうだが、その人のパーソナリティーも重要な意味を持ってきそうだな。
プラクティショナーの人間性が、アプローチに表現されるわけですから、、、
直行さんのアプローチは最高だったな。
まあ、直行さんは僕のこと愛しているからな、、、、ふふふ

さて、レコーディングをもっと続けよう。
トレガーアプローチを受けた後、演奏が出来なくなるのでは、と直行さんが心配していたけど、、、ははh

夢のスタジオ

  • 2009年02月25日(水)

僕は、スタジオを自宅の庭に建てようと思う。
ミュージシャンという人種にとってプライベート・スタジオを持つのは果てない夢だ。
そのスタジオで作られるだろう奇蹟のサウンドに、夢想家は想いを馳せる。
60才にもなったのだから、最後の夢なのか欲望なのか、実現させてあげても良いかな、、、
だからこれから作るスタジオはファンタジーじゃなくちゃね。

私は数年前、それこそ夢のような、ある建物に出会った。
それはある大学教授が自分の研究発表のために、蓼科の森の中に建てたカンファレンス・ホールだった。
百人ほどが入るそのホールは、そう、その学者の夢の実現だった。
それはそれは美しいホールだった。
お金をかけただけでなく、形やデザイン、建材などの隅々にまで拘り、手間と想いをかけていた。
そして何よりも響きが素晴らしかった。
それは今まで出会ったどのホールよりも美しい響きと、アトモスフェアが漂っていた。
少なくともその時はそう思えたのだ。
私はそのホールにある暖炉のそばにたたずみ、夢を見た。
「ああ、こんなホールに愛するピアノを置いて、風にそよぐ木々を見ながら、毎日音楽に向き合えたら、どんなに素晴らしいだろう。」

昨年の夏、突然、大学教授が私に電話をしてきて、あのホールを譲っても良いと言った。
彼は退官して、諸処の事情からそのホールを手放すことにしたのだと言う。
「ウォンさん、君にあのホールを使って欲しい。
そして音楽の夢を実現して欲しいのだよ」
私は信じられない気持ちで電話を置いた。
そして9月のある日、私は美枝子さんと一緒に再びそのホールにいた。
さわやかな夏の日差しと、心地よいそよ風が木の葉を揺すり、ホールの中に光の粒子が乱舞していた。
そして、そのホールで私がピアノを弾き、隣のガラス張りのダイニングルームで美枝子さんが作品作りに専念する美しい映像を思い描いた。
私たちは目を合わせ「うん、二人でこのホールを絶対に買おう」とうなずきあった。
このホールに住むためにどんな苦労もいとわない、他のすべてを捨てても良いとまで、心に決めたのだった。

それから数ヶ月、私たちは夢の中にいた。
有頂天だった。
ワクワクしていた。
どんな反対意見も耳に入らなかったし、自分たちの思いを語りたい衝動を抑えるのが大変だった。
本当に幸せな、それこそ夢見るような日々だった。
あの気分はいったい何だったのだろうか。

そして数ヶ月経ったある日、私たちは夢からさめた。
なぜだろう。
建物と借地などにかかるお金の捻出や負担が、自分たちには重すぎることに気づいたからなのか、、、
分不相応な買い物なのだと思ったのか、、、
仕事や打ち合わせなどの為に、東京と往復することの肉体的精神的負担を危惧したのか、、、
愛する肉親を東京に置いていくことが出来なかったのか、、、、
あるいは教授とのリレーションシップにある種の虚偽性や負担を感じたからなのか、、、、
なにかを犠牲にすることに気づいたからなのか、、、、
ともかく、私たちは夢から覚めたのだ。
いや、今でも心の片隅に、憧れが残っている。
もっと正直に言えば、その憧れを断念したこと、諦めたことの無念さも残っているし、悲しみもある。

でも、ともかく、私たちは、それをやめた。
やめた理由はわかっている。
そう、あまりにも様々な「負担」を背負って、なおかつ音楽や創作に専念することなど、私たちには到底出来ない。
お金の心配や、愛する人の心配や、様々な気がかりをうちやって、犠牲を払ってまで、音楽に集中することが出来るほど私は強い人間ではないのだ。
私たちが音楽や創作に専念するためには、お金などの心配がなく、愛するものの暖かい理解に囲まれて、幸せの中にいることが必要なことに気づいたのだ。
素晴らしい響きや、美しい自然や環境よりも、もっともっと大切なものがあるのだ。
本当によい音楽を作るためには、気がかりなものがない、創作に身を委ねることが出来る穏やかな時間と、ささやかな分相応な環境が、そして幸せでいることが、もっとも大事で必要不可欠な要因なのだ。

その大学教授には、あれだけ自分の夢を語り、必ず買うと言っておきながら、結局約束を果たせなかったことに本当に申し訳がないことをしたと思っている。
強く約束をしておきながら破ってしまったのだから、きっとお怒りになっていることだろう。
そのことを考えると身がすくむが、背に腹は替えられない。
だって、夢が覚めちゃったんだもん。
早く買い手が見つかることを祈ろう。

さて、僕のスタジオへの夢は止まらない。
僕はこの東京の家の庭に、小さなスタジオを建てようと決めた。
小さいと言っても12坪ぐらいだから、音楽家の中でもよほど恵まれていると言える。
そう、僕は本当に恵まれている。
愛するものに囲まれ、沢山の理解者を得て、なに不自由することもなく、そして瞑想や音楽に出会い、魂のおもむくまま生きている。
新しいスタジオは魂が自由に遊ぶのにふさわしいものにしたいな。
そう、魂が宿るスタジオには「五角形」が良いというインスピレーションがやってきた。
勿論、美枝子さんや音響設計の方や友人のインフォメーションがあったから、そんなイメージが湧いてきたのだ。
みんなのお陰でインスピレーションはやってくる。

五角形のスタジオ!
五角形はファンタジーの形。
五角形には沢山の謎が隠されている。
ペンタゴン・スタジオ!
それとも、スター・フィッシュ・スタジオ!
それとも海星スタジオかな、、、、

表現者のライフスタイル

  • 2009年02月15日(日)

私は音楽で生業を立てているわけです。
しかし自分は「芸術家」であるとは、なかなか言いにくい感じがいつもしているのです。
表現者として、どこか後ろめたいというか、申し訳ないというか、焦りのような気持ちがいつも心に持っていて、いささか居心地が悪い感じなのです。
それは自分は怠けているんじゃないだろうか、表現者としてのライフスタイルはこんな甘いものじゃないという、ある種の強迫観念の様なものがいつもつきまとっているのです。
たとえば、敬愛してやまない孤高の画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホも、そして憎悪しながらも惹かれてしまうパブロ・ピカソも、その生涯とすべてを芸術に捧げた人でした。
生活だけでなく、家族や周りの人を犠牲にしてでも「芸術」がすべてだったのです。
ちなみにゴッホはその一生の間に売れた絵は一枚、かたやピカソはアーティストとしてまれに見る莫大なお金を手に入れることが出来た人でしたが、二人とも一生を「表現」に捧げたと言うことでは、その情熱の燃焼度は、他のどのアーティストも及ばないのではないでしょうか。

「それに比べて私はどうなんだ。
彼らのような才能は自分にはないのは、致し方がない。
それなら、彼らに拮抗するほどの表現を得るためには、彼ら以上に情熱をもって燃焼するほかに手だてはないのじゃないのか、、、。」
そんな声が、いつも私の内側から起こってくるのです。
そして私の怠惰を叱責するのです。

しかし同時に「私は彼らのようにはなりたくない」という気持ちも強くあるのです。
彼らの人生はけっして幸せとは言えませんでした。
ゴッホはピストル自殺で亡くなりましたし、名声と金銭を得て社会的な成功を収めたピカソですら穏やかな人生とは言えませんでした。
心にいつも苦悩を抱えていたのです。
彼らは自身の心の問題から逃れられずに一生を終えたように、私には思えます。
彼らだけでなく、所謂芸術家たちのほとんどが、幸福な人生を送ってはいません。

「芸術家は不幸や心の問題をエネルギー源として、それを昇華することによって表現を得ているのだ」という考え方があります。
彼らのあれほどまでの表現に対する情熱は、不幸や心の問題をバネにして得ているというのは、なるほど説得力があります。
何しろ幸福なアーティストなんて歴史上にいないのですから、、、。
(もちろん私の知る限りですが、、、)
だとすると、私はアーティスト失格です。
だって幸せなんですから、、、
愛する家族や友人たちを得て、衣食住に困ることなく、音楽もそこそこ認められて、心に問題が全くないとは言えないけど(問題が無くなったら悟りの境地です)苦悩に追い詰められると言うことも無くなりました。
わざわざ不幸になるのも不自然ですから、「不幸」をエネルギーに「芸術」に立ち向かう資格はもう私にはないのです。

「不幸を昇華することによって芸術が生まれる」のであるならば、私はもう芸術家にはなれないでしょう。
ただ私には不幸そのものが彼らの表現なのではなく、不幸がバネになっているだけで、彼らの表現が人の心を打つのは作品そのものに人を惹き付ける「何か」が宿っているからだと思うのです。
肝心なのは「何か」が作品に宿っていると言うことなのです。
「何か」が作品に宿るために、不幸がエネルギーになることはあっても、不幸そのものが「何か」などではないのです。
作品に「何か」を宿らすためには、それ相当なエネルギーがいりますが、不幸だけがそのエネルギーの源とは言えないのです。
もちろんそれ相当のエネルギーを得るために、不幸という追い詰められた状況は大変有効とは言えます。
不幸や飢餓感が芸術という過酷な仕事に向かわせるエネルギーになるのはよく解ります。
しかしこれからは、不幸や人格的な問題が芸術を生みだす条件だというのは、ある種の甘えであって、もう乗り越えねばならない時代なのではないでしょうか。
ゴッホやピカソや他の、決して幸福ではなかった芸術家の人生は、彼らが選んだのではなく、のっぴきならない運命としか言えないものがあったのでしょう。

不幸や心の問題をバネにするのではなく、健全な心と精神、そして穏やかな生活状況を持って、なおかつ創作や表現という過酷な仕事に立ち向かうために、芸術家にはいったい何が必要になるのでしょうか。
相当強靱な精神が必要と言うことははっきりしています。
そして、具体的なライフスタイルとしては、やはり一生を捧げるほどのものではなければならないと言うことも、解っていることです。
つまり、生活のほとんどの時間が創作に向かっていなければならないと言うことです。
創作が一義的になる人生を選択することにおいては、多分間違いがない条件でしょう。
やはり、社会人としては成立しない、いささか社会的な規範から逸脱してしまうのは致し方がないかもしれませんね。
それでもなおかつ健全な精神を持ち続けることは可能です。

昨年、国立近代美術館でエミリー・ウングワレーの展覧会を見て、深い感銘を受けました。
彼女はオーストラリアの先住民族アポリジニーとして1910年頃に生まれ、正規の美術教育を一度もうけたことがなかったのですが、70歳を過ぎてから絵を描き始め、死去するまでの8年間に3000点以上の絵画作品を残した現代の奇跡とでも言える画家でした。
彼女は子供の頃から儀式のために砂の上や女性の身体に絵を描いてきたのです。
つまり祈りと儀式のために描き続けてきて、ある時からキャンバスに描くようになって、ようやく世界的に認められたのです。
彼女にとって描くことは芸術などではなく、日常の祈りや儀式だったのではないでしょうか。

私の生活は、エミリー・ウングワレーとはほど遠い、現代の物質文明のまっただ中にいます。
外部からの情報と刺激に溢れていて、又様々なしがらみもあります。
そのような環境で果たしてゴッホやピカソやウングワレーに拮抗するほどの表現にたどり着けるのか。
つまり生活のすべてを創作に向かわせるには、今の物質と情報と日常的なライフスタイルでは、甚だ心許なく自信もないのです。
「貴方の意志力の問題でしょう」という答えが返ってきそうです。
でもね〜〜そりゃそうかもしれないけど、、、、、とつぶやくのですが、、、、
(この項目は書きかけ中です)

最近のライフスタイル

  • 2009年02月01日(日)

<最近のライフスタイル>
ほぼ規則性というものはなくなってしまった。
レコーディングやプレイバックが6〜8時間。
2時間ほどの瞑想と呼吸法。
1時間の速歩+ジョギング。
30〜50分のストレッチ体操。
後は食事やお風呂、そして睡眠。
これらをその時々に身体が求めているものをやっているという感じ。
これで一日があっという間に終わってしまう。
先日、松本に行った以外にどこにも行っていないし、人に会うこともない。
そんな毎日がもう3週間以上経って、気がつくともう2月、、、、、
規則性がないことをのぞけばほとんど修行僧のような毎日だ。
でも、とっても幸せ感に溢れているのだ。

もうすぐ京都コンサートホール。
毎日レコーディングしているおかげで、演奏がとっても楽になっている。
ああ、こんなに音楽って楽なんだ〜〜と言う感慨が湧いたりしている。
今まで自分は怠けていたな〜〜
本当に音楽は嘘をつけない。

音楽をやれるのは後何年だろう。
やれる時にとことんやっておきたい。
こんな毎日を少なくとも3月いっぱいまで続けるぞ〜〜