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ピレシュのベートーベン

  • 2009年11月02日(月)

CDの制作中は、ほとんど自分の演奏以外の音楽を聴くことが出来ない。
制作が終わったとたん、いろんな音楽が聴きたくなる
身体が、もう次のステップに入っているのかもしれない。
昨夜は武満徹のオーケストラ曲なんか聴いていた。

今日、なにげにBSテレビを見ていたらピレシュが放映されていた。
ちょうどベートーベンのピアノソナタ第31番を演奏していた。
マリア・ジョアン・ピレシュは歌心のある、私の大好きなピアニストのひとりだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/マリア・ジョアン・ピレシュ
NHKの彼女のピアノワークショップを見たことがあるが、このアーティストの考え方にはとても共鳴するものがある。
http://happano.blogspot.com/2008_10_01_archive.html

さて、ベートーベンとはあまり縁のない私だが、ピレシュの演奏に引き込まれてしまった。
第31番も初めて聴いた。
特に引き込まれたのは第三楽章の叙情性の深いメロディー部分だった。
「嘆きの歌」と呼ばれいる箇所だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ピアノソナタ第31番_(ベートーヴェン)
晩年のベートーベンがたどり着いた境地なのだろうか。
その精神性の深さに、しばし時を忘れて聴き入った。

この箇所を他のピアニストがどのように演奏しているのか知りたくなって、ナクソス、ミュージック、ライブラリーでいろいろなピアニストの演奏を聴いた。
ナクソス、ミュージック、ライブライリーとはクラシックを中心とする膨大な音源が聴き放題の、インターネット音楽配信サイトだ。
http://ml.naxos.jp/
当たり前の話だが、この曲もピアニストによって実に様々な解釈があるようだ。

あれこれ聴いている内に「自分だったらどう演奏するだろうか」
やはりピアニストの端くれとして、演奏したくなった。
勿論テクニックなど皆無だが「嘆きの歌」の部分だけなら、何とか演奏できそうだし、、、、
楽譜を引っ張り出してきて、まずはアナライズ、、、、
ナクソスで演奏をいろいろ聴きながら、楽譜にコードを書き込んでしまう。
音譜は読めないけど、英語なら何とか読める、と言うこともある。はははh
和声進行がどのようになっているか解析することも出来る。
メロディーの特徴は、前の和音の構成音が、次の和音にまで保留されたり、逆に先行させたりすることによって、ある種のテンションノートのようになっている所だろう。

何度か演奏しているうちに、この曲は嘆きではない、そう思い始めた。
悲しみかもしれないけど、けっして嘆きなどではない。
ベートーベン、この巨星の晩年に巡り合わせてくれたのは、ピレシュのおかげだ。
彼女の演奏なくして、私はこの曲が放つ光を見つけることは出来なかっただろう。

ニューCD「光の華」について

  • 2009年10月29日(木)

ニューCD「光の華」について

<収録曲>

1.「旅のはじめに」
これはNHKスペシャル「にっぽん紀行」のテーマ曲。
番組は老若男女、様々な人たちが、それぞれの課題に取り組みながら、成長していく様を取材した、とってもハートウォーミングなドキュメンタリー。
私たち夫婦は今年、なんと還暦!
そんなことも含めて、新たな旅立ちに贈る曲にしたいと思い、タイトルを「旅のはじめに」としました。

2.「イルカの星」
敬愛する絵本作家、葉祥明氏の同名の絵本がビデオ化されたときに、依頼されて作曲した中のテーマ曲。
熊本県警が、犯罪被害者の子供たちを癒すために作ったビデオなので、一般公開はされていないかもしれません。

3.「灯明香華」
4.「光ふる路」
これらはある宗教団体の式典のために依頼されて作曲しました。
以前、コンサートでこれらの曲を演奏したときに、その宗教団体の名前を言ったら、私がその宗教の信者と間違われたり、他の宗教の信者さんからお怒りのお言葉をいただいたりしました。
宗教がらみはとても誤解されやすいですね。
私自身はどこの宗教組織にも所属していません。
音楽は、人間が規定したがる境界を越えて、人々の心に届くものだと信じているわけです。

5.「想いの糧」
ヌース理論という独自の宇宙理論を展開している半田広宣氏に依頼されて、彼の会社が販売しているサプリメントのために作った曲。
タイトルは半田氏自ら命名されました。

6.「白詰草の丘で」
この曲は映画「純愛」のテーマのために作った2曲のうちの選ばれなかった方。
この曲を演奏していると、ある女性の面影が浮かんでくる。
なので、その女性の贈りました。
誰だかは内緒です。ふふふ

7.「風の夢」
これは「にっぽん紀行」の為に作った2曲のうちの選ばれなかった方。
テーマ曲を依頼された場合、先方の要請で数曲作曲する場合があります。
その時に選ばれなくても、やはり故あって誕生した曲ですから、ちゃんと世に出してあげないとね。

8.「Bell Tree Song」
これは3.や4.と同じ団体のために作った曲ですが、タイトルを改めて、やはりある同じ女性に贈りました。ふふふふ
私はよく人の名前を英語に訳してタイトルにすることをよくやります。

9.「嵐の大地」
10.「物語の終わりに」
映画「純愛」のプロローグとエンディングテーマ
サウンドトラックは映画のためにサイズなどが制限されますので、改めて演奏しなおしました。

11.「Bell Tree Song Slow version」
曲というものはテンポによって、その表情や色合いが大きく変化します。
曲の解釈は、どのテンポを選ぶかと言うことが一番大きなファクターだと思います。
CDの最後は、ゆったり、たゆたうテンポで終わりたかったわけです。
「はい、お休みなさい」

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<レコーディングの経緯>

レコーディングは今年の1月から始めました。
曲はとっくに作られていたし、もっと早く始めたかったのですが、なかなか状況が許さなくって、、、
当初は3ヶ月ぐらいで仕上がると思っていたのですが、なかなか良い演奏が出来ない。
作曲はせいぜい一週間もあれば出来るのですが、演奏はとても時間がかかります。
ようするに演奏能力がないので、時間をかけざるを得ないと言うことですね。
結局、OKテイクが録音されたのは8月の中旬のテイクと、9月上旬のテイクでした。
録れ始めると一気に録れるんですが、、、、
相変わらず、皆さんにお待たせしてばかりで、すいません。

CDを制作を始める段階では、どのような仕上がりになるのか、はっきりしたイメージを持っていることは、まずありません。
録音が始まってから、色々インスピレーションがやってきて、徐々に全体像が見えてくるといった感じです。
生のstringsをオーバーダビングすることを思いついたのは、8月の中旬です。
業界の仕事をやっていた頃は、結構stringsアレンジをよくやっていたのですが、「フレグランス」以降、自分のCDに生のstringsを使うという発想はありませんでした。
だいたい、彼らを雇うと相当な金額になります。
そこそこの自動車が買えてしまう金額なんですね。
それでもやろうというのは、もうほとんど無謀というか、道楽というか、、、、
ま、宇宙からのインスピレーションを真に受けてしまったというか、はははh
もちろん、CDさえ売れてくれれば、お金のことは何とかなるでしょう。

ストリングスの録音エンジニアは、さすがに素人の私には出来ない。
そこで起用したのが赤川新一氏。
彼は、私が建てる予定の個人スタジオの意見を聞くために、ヴァイオリニストの金子飛鳥さんに紹介してもらった方でした。
これもあるインスピレーションがあって、彼の音を全く聞いたことがなかったにもかかわらず、いきなりお願いしてしまった。
直観というものは怖いもの知らずですね。

そしてストリングスのオーバーダビングスタジオを探しているうちに、スタジオなんかで録音したくなくなってしまった。
今までの経験では、スタジオと言うところはろくな音にならない、、、、
で、レコーディングを響きの良いホールでやることを思いついた。
コンサートホールというものは、だいたい半年以上前に予約を入れないと押さえられないのですが、私のイメージにあった「風のホール」がなんと都合良く、9月30日に空いているではないですか。
会場のメインテナンスのために空けてあったが使っても良いと言うのです。
しかも売れっ子の超多忙な赤川氏も、ヴァイオリニストの篠崎マサ氏もスケジュールが空いていると言うではないか。
これって宇宙に見守られているってことですかね、、、。

篠崎マサ氏は、スタジオ業界で超売れっ子のトップヴァイオリニスト。
お兄様はNHK交響楽団でコンサートマスターという、音楽家族。
私が業界で仕事をしていた頃によくお願いしていた。
その後、一緒に仕事もしたことなかったし、会うこともほとんどなかった。
でも、今回、彼にお願いすることを決めたのも、やはり直観というやつですね。
しかも彼が集めてくれたメンバーは、一人ひとりがそれぞれ独自に活動されていて、最高のメンバーになりました。
本当に素晴らしかったです。

さて、9月上旬、何とかピアノパートの録音を終えられて、それから30日のstringsのオーバーダビングまでのこり20日間で、全11曲を一気にアレンジしてしまいました。
ピアノパートの録音はいつ終わるか、先の見えない作業ですが、作曲とか編曲はやれば終わる、力仕事なんですね。

さて、30日のたった一日で、11曲をストリングスを全部録音し終えることが出来るとは、私はもちろん、赤川さんも、エイジェントも思わなかった。
ともかく出来るところまでやろう。
出来なかったら、その時はその時、無理に急いでつまらない録音にはしない、とまで考えていたものです。
9時録音機材のセッティング、11時にレコーディングスタート、食事や休憩を交えながら、何とか夜の9時までに9曲録音できれば良いかな、とぐらいに思っていたわけです。
ところがいざ始めてみたら、なんと7時には全11曲録音し終えてしまった。
メンバーがどんなに優秀であるのかがよく解りますね。
ちょっと自慢するなら、私のアレンジが完璧で、問題がなかったと言うことですね。はははh
ちなみに、一曲「嵐の大地」のアレンジは美音志君です。
彼は初めて生のストリングスのアレンジをやったわけですが、是非聴いてみてください。

さて、このレコーディングでは面白い実験もしてみました。
ピアノは狭いサトワ・スタジオで録音したので、残響成分というものがありません。
音楽にとって残響は重要な要素ですから、普通はコンピューターや機材を使って、人工的に付加するわけです。
でも今回はそれをせずに済んだのです。
ストリングスの録音が早く終わったので、ふと思いついて、つまり直感が働いて、「スピーカでピアノを鳴らし、ホールの響きを録音してみたい」と提案したのです。
赤川氏も直観人間ですから「お、それやってみよう」とすぐに反応。
それが実に素晴らしいサウンドを作ってくれたんですね。
人工的な処理では得られない、透明で豊かな残響成分を録音することが出来たのです。
おかげで今回のCDはピアノもストリングスも実に美しい響きがしていて、今までにないサウンドになりました。
ようやく「サトワミュージックサウンド」というものが確立したかな、、、、

ミックスダウンは赤川氏のスタジオで、のべ三日間かけて、昨日10月27日にほぼ満足のいく形で終えました。
当初は一日で終えようと思っていたのですが、それは無理というもの、最低でも三日間はかかりますね。
さて、ミックスダウンの一日目ぐらい、ストリングスをオーバーダビングしたサウンドを聴きながら、私は何か大切なエッセンスが伝わりにくくなっていることに気づきました。
ストリングスをオーバーダビングすることによって、曲が持っているイメージはふくらみましたし、サウンドもゴージャスになったのですが、ピアノのもっともシンプルなサウンドが持っている、何か大切なエッセンスが見えにくくなってしまったのです。
私は焦りました。
あれだけお金をかけて、時間も労力もかけて、もっとも大事にしているものが伝わりにくくなってしまったら、今までいったい何をやったのか、なんの意味もなくなってしまいます。
そのことは美枝子も感じていました。

そこで美枝子さんが「二枚リリースしたら、、、」
そうか、ピアノ・ソロ・ヴァージョンのCDも作ればいいんだ。
つまり二枚組にして、piano+stringsのCDと piano soloのCDを作れば良いではないですか。
実に単純で我が儘な発想ですね。
美味しいものを、どちらか選べと言われたら、どちらも頂きます、はい。
もちろんそれだけお金もかかりますが、大したことではなさそう。
これならオーディエンスも、その両方を聞き比べて楽しむことも出来ます。
こんなCDは世の中にはなかなか見あたらないですよね。

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<CDのタイトルとジャケットアート、そして詩>

CDのタイトルは、やはり重要ですね。
当初から美枝子さんにはイメージがあって、「散華」とか「昇華」など、「華」という言葉を使いたいと言っていました。
美枝子さんは花大好き人間ですからね。
また、数年前に京都法然院の展示会に提出した、いくつかの花の写真を素材にデザインすることも美枝子さんの提案です。
その花の写真は、ダリヤを後ろから照明をあてて撮影したものやバラの写真を、コンピューター上で反転処理したもので、まるで光が内側から放たれているようなイメージです。
美枝子さんはそれを再構成して、さらに美しいイメージを織り上げました。
ジャケットはまだ出来ていないのですが、12月12日のコンサートのチラシのアートデザインに同じ作品が使われているのです。
まるで光の粒子が花の形を彩っているような、光そのものが花であるような、そんなイメージが広がる作品に仕上がってきました。

そうこうしている内に漸くなにか腑に落ちるものがありました。
曲というものをどう光らせるか、音楽をどう輝かせるか、それが私の仕事だと思っているわけです。
そして、曲というものは一輪の花なのではないか。
「音楽とは、光が織りなす華なのだ」
そう言う思いに至ったとき、CDのタイトルは「光の華」なったのです。
ほんの数日前に決まった話です。

題字は美枝子さんの書です。
実に素晴らしい筆致なのですが、どうやって書いたのかと聞いたら「手では書いていないのよね〜〜」というお答え。
え〜〜では、いったいどうやって、、、、、謎です。

ジャケットデザイン上、詩のような短い文章が欲しいという美枝子さんからのオーダー。
私は詩人ではないし、そんな才能もないのですが、何とか書いてみようと、、、、
ある超越的な体験を元に、書いたのが以下の詩です。
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<光の華>

ついに見つけたぞ、光の華、、、、
神秘に繋がる、光の鍵、、、
それは、光の国の母からの祝福、、、、
きらめき、ゆらめく、花びら散らし、、、、
光の華、泣きながら胸に抱いて
生きることを決意した、あの日、、、、

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さて、リリース予定日、11月22日は私たち夫婦にとって34回目の結婚記念日。
紆余曲折、七転八倒、何度かの危機を乗り越えて、何とか別れもせずに、無事今日までやってこれました。
奇跡ですね。
今回のCD「光の華」は、還暦の私たちの新たな旅立ちを、自ら祝福するためのエールになりました。
惚気ているわけではありません。
夫婦関係は修行の場。
美枝子に言わせれば「結婚、これ道場!」です。
残りの人生、何があるか判りませんが、私たちが出来ること、やるべくことを十全にやりきりたいとおもっております。
どうか、最後まで、応援、お付き合い下さりますよう、心からお願い申し上げます。
2009/10/29

命の永遠の約束

  • 2009年10月21日(水)

<命の永遠の約束>

はやる気持ちを抑えられないでいる私を、きっと君は呆れていることだろうね。
もちろん君には君の、そして私には私の道を、それぞれの道程を、たったひとりで歩み続けていることを認め合い、信頼しあっていることは、今でも変わりはないさ。
私のお節介に、きっと君は辟易するだろうとも思う。
でも私は、伝えたい衝動に抗することが出来ないでいる。
それが正しいからなんて言う気はないよ。
ただ、今の私が解放され、自由でいることを表したくて仕方がないんだ。
まるで駄々をこねている子供のようにね。
そう、私は、まるで生まれたばかりの赤子のように、全身を震わせ、泣き叫んでいる。
命の源に繋がりながら、生きていることの喜びを、叫んでいるんだ。
だから友よ、どうか解って欲しい。
私たちがみな生まれながらに持っている、命の原始の力は、けっして失われてなどいないことを、、、、
そしてそれは、私たちを必ず解放と、自由と、喜びに導くことを、、、
だから友よ、信じて欲しい、、、
それが命の永遠の約束なのだということを、、、、

命の姿

  • 2009年10月19日(月)

人は、なんと広大な可能性をうちに秘めた存在なのでしょう。
人間の経験しうる領域は、時空を越えて、無限の広がりを持っています。
人の身体は、かくも開かれた可能性の場です。

そして私たち人間は、生きること、生ききることが、その運命の本質です。
生まれたばかりの赤子は、その存在の全てをかけて、全身をふるわせて、泣き叫びます。
渾身の力をふりしぼって、生きていることを表現しているのです。
それは、命のもっとも根源的な力です。
命そのものが持つ原始の力なのです。

しかし、それはいつのまにか、拒絶され、閉ざされ、隠蔽され、力の発現は失われてしまします。
根源的な力は、畏怖され、恐れられ、抑圧されてしまいます。
未知なるものへの恐れ、理解できないものへの恐れから、それは押し込められ、管理されてしまうのです。

今、私たちは命の本来の力を取り戻したいのです。
根源的な力を取り戻し、命を生ききりたいのです。
人は己の可能性を十全に生きるとき、喜びに満たされ、至福の高みに至ります。
それは宇宙から与えられた、人間の権利とでも言えるものです。
解放し、自由でいること、、、
恐れることはありません。
私たちには、人間の原始に力には統合する力、調和する力も本来的に備わっているという、人間存在への深い信頼があります。
解放し、自由で、ありのままでいること。
そして内なる情動や衝動に身を任せて、この命を十全に生ききること、、、、
それが、命の本来の姿なのだと、私は強く思います。

CD制作近況、ストリングスのこと、、、、

  • 2009年09月08日(火)

ある方から「ウォンさんのブログに癒されています。もっと書いて、、、」なんて言われてしまった。
怠け怠け、だらだら書きたいと思っていたのに、期待されてしまって、嬉しいような困ったような、、、
ま、今まで通り気ままに書いていきますね。

やっとピアノパートの録音を終えた。
と言うよりは、9月末日にはストリングスのレコーディングが控えている。
もう編曲作業に入らないと、間に合わない。
プレイバックのたびに自己評価が揺れる。
こんなにこだわって録音した割にはこの程度か〜〜と、なかなか承伏しない。
まあ、このあたりが私の限界かな、、、

アレンジ作業とはいえ、結構コンピュータ作業だ。
昔は五線紙の上で、サウンドを想像しながら編曲するわけだけど、今の時代はコンピュータ上でシミュレーションすることが出来る。
とは言え実際の生の演奏とは基本的に違うものだ。
楽譜を立ち上げるための作業と言っていい。
今の作曲家のほとんどがコンピュータ上で作業している。
しばらくコンピュータ上での編曲作業をやっていなかったので、なかなかスムーズに行かない。
結構スキルを忘れている。
歳だよな〜〜〜

生のストリングスはやはり好きだ。
交響曲より弦楽曲の方が好きだ。
バーバーのアダージョや、武満徹のレクイエムに震撼したものだ。
いつかあんな名曲が書ければな〜〜

8月中旬、突然、生のストリングスを被せたくなった。
CDフレグランス以来、生のストリングスをレコーディングしたいとはあまり思わなかった。
何せお金がかかるし、弱小インディーズレーベルでやるには限界がある。

あんなにストリングスが好きで、業界時代には結構色々実験的なサウンドを追求したものだけど、ある時からすっかり興味を失ってしまった。
それは、どんなにイカしたサウンドを作っても、演奏そのものにサムシングエルスがなければ、生きてこない。
優れた演奏者に出会わなかったと言うことかな、、、
コンピューター上で自分の思い通りに生楽器をシミュレーションした方がよほど音楽的なんだよね。

でも今はコンピュータ上で生の楽器をシミュレーションすることも飽きてしまった。
今の時代、フルオーケストラサウンドをコンピューター上で擬似的に構築することが出来る。
壮大なフルオケをならすことが可能なんだけど、、、
でもやはりどこまで行っても疑似なんだよね。
どんなに小編成でも生は生の良さがある。
こういう考え方は、つまり歳をとったと言うことだよな〜〜
それに金子飛鳥さんや篠崎マサ氏など、優れた奏者に出会ったことが大きいかな。

先だって「にほん紀行」のテーマ曲を録音した折りに飛鳥ストリングするお世話になった。
とっても一生懸命やってくれて、私の考えているサウンドを実現してくれた。
今回は篠崎マサ氏にお願いすることになっている。
彼こそ業界でもっとも忙しい売れっ子ヴァイオリン奏者だが、私ともつきあいが長い。
腕のあるミュージシャンを集めてくれることにもなっている。
レコーディングが今から楽しみ。
その為にも美味しいアレンジをしなくては、、、、