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「ザ・フリントストーン」千葉 BayFM
2000年6月4日(日) 21:00〜21:56 放送された内容です。

(一部内容を編集させていただいている個所があります。)
・・・・・ 連載 第二回 ・・・・・
エイミー: という事で、今回のオムニバス・アルバム「プラネット・オブ・ラブ」のきっかけの一つ、 ピアニストのウォン・ウィンツァンさん、、。 ウォンさん、、この「If There Were No Mines」に出会ったきっかけ、 作ったきっかけというのは、、。
ウォン: 一昨年の年末、、11月だったかな、、赤十字の方が一つの詩を持って僕の家に 突然現れたんですね。 で、、それはボスニアの片田舎に住んでいる当時14歳の少女が地雷について書いた詩だったのね。 ボスニアには沢山地雷が埋まってるわけ。で、その地雷を回避するための教育をするんだよね。 例えば、何も書いてないような野原に入ってはいけません、とか、もし地雷を踏んだらどうします、 とか、そういう教育をしてるんだけど、、、。
エイミー: それは日常の学校教育の中で、、。
ウォン: そう、日常的に地雷が目の前にあっちこちに埋まってるから、 一番最初にその犠牲になっているのは子供たちだから、回避教育をやってるわけ。 その教育の一環の中で詩を書かせたり絵を描かせたりするわけね、地雷に関して。 その中の最優秀の詩を2つ持ってきてくれたのね。それで、ともかく読んでほしいという感じで。 で、読んだんですよ。 で、その詩がすごいいいって言うか、びっくりしたって言うかね。 「I feel Freedom in every monent in my soul.」って。 「私はいつも心の中で自由を感じている。」って、、。 え、え、えぇ??っていう感じになったわけ。 「Nature wants to grow and love」と書いてある。 それは「自然は成長したがっているし愛したがっている。」。 14歳の子供がそういう自然観を持つものだろうか、っていう ―詩としては稚拙っていうか子供の書いた詩なんだけれども―、 そのダイレクトなメッセージにドギマギしたって言うかね。 その一つの詩に8曲も書いちゃったんだよね。 すごいエネルギーが高まったっていうのがよく分かるでしょ?(笑) 普通一個の詩に対して最低で1曲、多くても2曲か3曲を作ったり書いたりする事はあるんだけど、仕事でね。 でもお金もくれないのに8曲も書くっていうのは僕も相当だなって思うけど。(笑)
エイミー: 結局その8曲の中からこのメロディー、、。
ウォン: うん、7曲まで書いて、「あ、違うな」と思った。 で、何をこの曲にするのかな、と思った時に、フッとよぎった言葉が「??」だった。 アメージンググレースっていう素敵な曲があるよね。 あれがフッと頭の中をよぎったのね。 「あ、この曲は皆にアメージンググレースのように歌ってもらいたいな。」 っていう、そんな気持ちがフッとよぎった時に8曲目が出来たんだよね。
エイミー: そして、シングルの方の「If there were no mines」を歌ってらっしゃいます、 Ikukoさんにも来ていただいています。 、、そんなウォンさんの溢れんばかりのエネルギー、 そしてその中で生まれた8曲目にとうとう書き上がった曲、 これを歌って、ってきた時どうでしたか?
Ikuko: 最初はね、まだウォンさんの中でもどなたに歌っていただくか、 みたいな事は決まってなかったんです。 で私は、ちょっと形にしたいから仮歌歌ってくれない?仮歌っていうんですけれども 形にする為の歌を歌ってくれない?っていう事で、それでウォンさんのスタジオに行って、 譜面をいただいて、で、何と言うか、あまりにも自然だったと言うか、、。 私はとても「あぁ、出逢いなんだなぁ」って思うような素直な気持ちでスーッと歌って、 でその時、あ、この曲は命を持っているなぁ、と思って・・・。
ウォン: でも彼女はね、見てるとね、パッと見て(楽譜を)ずーっと、、 その真剣なまなざしって言うかね、自分のものにするっていう気持ちみたいなもの、 波動みたいなものが出てたな。
じゃ、まず練習してみよう、という事で2回くらい練習したのかな、、その間僕ね何の注文もしなかった。 たいていはだいたいこの曲はこういう気持ちで歌ってほしい、とか、ここんとこはもう少し延ばしてとか、、、。 一切しなかった。一切必要なかった。できたものがそのまま僕が望んでた歌い方だったんだよね。 驚いたよね。
Ikuko: 魔法の様な瞬間っていうのが音楽には、―どんなものにもあるんでしょうけど―、 音楽にあって、その瞬間だったんだと思うんですよね。 で、ポンってその時出来上がったのかなぁ、と思って。
エイミー: それでは聴いていただきましょう「If There Were No Mines」。
「If There Were No Mines」(シングルバージョン)を聴く。
エイミー: Ikukoさんが歌っているシングルバージョン「If There Were No Mines」、 聴いていただいたわけですけど、 ホントにウォンさんが言うように14才の少女が書いたとは思えないような、、 すごく前向きで、明るくて、最後に一言「もしも地雷がなかったなら」、、 っていう辺りがズキッと胸を突くっていう感じがするんですよね。
ウォン: うん、そうですよねぇ。
エイミー: この曲もきっかけとなって、今年1月にオムニバスアルバムとして「Planet Of Love」 という形で出た訳ですけど、、。
ウォン: はい、、僕たちはミュージシャンだったりアーティストだったりする訳ですよね。 それで僕たちっていうのはそういう意味では参加しやすいって言うか、何かを創りやすいっていうことは あると思うのね、何かを表現しやすいって言うか。でも西川さんっていうのは一般人じゃない? 会社員ですよね、彼は。普通の人が普通の生活の中から「やりたい」っていう想いを持ち出したのは すごいな、って僕は思ってるんですよね。で、結局このCDを作ったのも彼の想いの強さ以外の 何者でもないよね。ともかく自分の出来る事はやりたい、それで「Planet Of Love」っていう 葉祥明さんの絵から発想して、で、自分にとって大事に思うアーティストたちに参加してもらいたい、って、 で、ホントにできるのかなーとか僕は実を言うと内心思ってたんだけど、、 できちゃいましたねぇ。
エイミー: この「Planet Of Love」 というタイトルはどこからどなたがお付けになったものなんですか?
西川: これは葉祥明さんのこの絵が実はポスターになっていて、 それで The が付いてるんですけど「The Planet Of Love」っていう題が付いてるんですね。 まぁちょっと日本人に分かりやすくと言うか Theを取って「Planet Of Love」。
エイミー: そうすると、今ここに集まって下さっている方たちは、皆さんこの「Planet Of Love」の、、 ここで言うところの「星の子たち」・・・。
西川: そうですね、もう一人一人がここにいらっしゃる方々だと思ってます。
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(c) bayfm the flintstone

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