『プラネット・オブ・ラブ』によせて
昨年、ウォンさんのコンサートで御一緒させて頂いたときのことでした。
プログラムの最後に、ウォンさんは、少しお話をされた後、静かにピアノにむかい、
その曲を弾きはじめました。舞台袖にいた私は、目を閉じて、
そっとその曲に耳をかたむけました。
そのメロディーは、私の心にやさしく、深く響いてきました。
熱いものがこみあげてきて、思わず涙があふれてしまったことを覚えています。
それが、ボスニアの少女、ハセダ・スリャノビッチさんの書いた詩に、
心を動かされたウォンさんが作曲をされた、『If There Were No Mines』
〜もしも地雷がなかったら、だったのです。
やがてこの曲は、歌手のIKUKOさんの透明な歌声と共にレコーディングされて、
すてきなCDとなりました。
その歌を聴いていると、怖れや怒り、悲しみのむこうにでさえ、
かすかでも、光を求め生きていこうとする、人間の強さやたくましさ、やさしさが、
その歌声と、それを包み込むようなピアノの音色のなかに確かに感じられたのです。
今回、ウォンさん御夫婦と、「プラネット・オブ・ラブ」のプロデューサーでもあり、
やはり「If There Were No Mines」に心動かされてしまった西川さんより、
アルバムバージョンとしてレコーディングのお話をして頂き、この流れになりました。
私にとって思いがけぬことでした。
とてもうれしくて、レコーディングの日が待ちどおしい反面、
この大切な曲を、自分がちゃんと歌えるのだろうかなどと考えてしまったり、
ちょっぴり不安な気持ちで当日をむかえていました。
-----でも、実際のレコーディングで起きたことは、マイクの前に立ち、
そういう思いのすべてを手放していく・・・ということでした。
それは、少しずつでしたが、心が解き放たれて自由になれる感じです。
意識がゆっくりと、深いところへ降りていこうとするような感覚で、
なんだかとてもすてきな体験でした。
そういう入口に、少し触れることができたような気がします。。。
心を自由に解き放つ・・・簡単なことのようでいて、時にむずかしく思ってしまうもの・・・ですね!!
ハセダさんの詩に、「わたしはいつも自由を魂で感じている」とありますが、
戦争を体験するなかで、この詩が生まれたのです・・・すごいなぁと思います。
テレビや新聞を通じてでしか戦争そのものを知らない私たちにとって、
想像を越えた体験ですし・・・いろいろな問題をかかえている状況のなかでのことです。。。
こうして、アルバムに参加することで、私は、地雷を生んでしまった戦争に対してだけでなく、
今回のような救済活動のようなことに対しても、少し認識が変わったように思っています。
今度の流れでは、自分の心が求めて行動していたことが、自然とこの流れとつながったという感じです。
そして、自分のできることを、ひとつひとつていねいにやっていくことで良いのだと感じました。
・・・・・・・・・小さな清らかな小川は、自分の流れをつくり出し、
いくつもの流れと出会いながら、やがて大河となります。
私たちの思いも同じように、エネルギーをして広がっていくのですね・・・。
もっともっと、自分の心に正直に、自由に、時に立ち止まりながらも
前に進んでいけたらなぁと思う今日この頃です!!
さて、最後になってしまったのですが、「If There Were No Mines」のアルバムバージョンで、
すてきなアレンジをされたのが、ウォンさんの息子さんでもある、美音志君です!
初めての共演?!だったのですが、レコーディングの日、キラキラと輝いていた彼の目が、
すごく印象に残りました。とてもエネルギーにあふれていたんですネ!!
こんなすてきな機会をつくって下さり、あたたかく見守って下さった、ウォンさん、
そして奥様の美枝子さん、プロデュースの西川さん、ワンネス・ミュージックの森さん、
そして、美音志君、一緒に歌って下さった、IKUKOさん、おおたかさん、あーす君とたか君、
このアルバムに参加をされたすべての方々にも、いっぱいの愛と感謝をこめてこのペンを
置くことにいたします。
そして、いつの日かこの地球上から
すべての地雷がなくなりますように。
祈りをこめて。
2000 春の日に・・・ 枝元 一代