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1998年、スウェーデンのウデバラ市の500年記念のためにラーシュ・ヤンソンが作曲したピアノトリオとビッグバンドの組曲。
市の記念事業でジャズのアルバムを作ってしまうなんて、ウデバラ市は理想郷のようなところに違いないと思ってしまう。 |
| ボーヒュスレーン・ビッグバンドのメンバーの多くは、ウデバラ市に住んでいるか、接点のある人ばかりだという。 |
| アルトサックスの音って、テナーサックスの音ってこんなにきれいだったけ。
ベースの心地よい深さ。ピアノのこぼれるような粒だつ音。
金管楽器のロングトーンやハイトーンの気高さ。
ビッグバンドのアルバムを聴いて、楽器ひとつひとつの音の美しさに聴き入ってしまうことは、自分でもびっくりする。
ビッグバンドといっても陽気、元気、ハイテンションなばかりでなく、こんなにもじっくりと聴くことができる。
それは、ラーシュ・ヤンソンによる作曲だからということばかりでなく、プレーヤーひとりひとりの質の高い(技術も気持ちも)演奏が支えているからこそ。
ミュージシャンの誇り高さが伝わってくる。 |
| 『One Poem,One Painting』は、“500 Years”という曲からはじまる。 |
| 北欧のイメージからは、意外な低音と意外なリズムが昔の骨太の暮らしを思わせる。
次々に楽器の音が加わり重なっていく。
町に人々が集まり、祝祭の始まりのような雰囲気。
昔の町の風景はゴロゴロの岩だらけの荒れた海岸だったのだろうか。
時間や人や様々な力がそこに加わって砂利になり、砂になり、今は緑の溢れる落ち着いた町になる。
美しい海辺の見知らぬ町の祭の風景を思い浮かべる。 |
| #2“This And That”パーカッションとピアノが印象的。
北欧にわたる風はこんな感じなのだろうか。
ゆったりと木管・金管が交差してくる。
早朝のピアノの音。人々が目覚め、一日が始まる。
ピアノに重なってくる楽器が、町に人が車が行き交い、賑わっていくさまのよう。
秩序とリズム、ゆったりとした時間、慌ただしい時間の繰り返しが、町が発展していく時の流れにも重なるような気がする。 |
| ウデバラ市500年とインプットしたせいか、メロディーに歴史や時間の流れを意味付けて、物語を思いながら聴いてしまう。 |
| ところどころで気付くホーンのロングローンの美しさ。
まるでストリングスが演奏に加わっているのかと錯覚する。
ふわぁっと広がり、やわらかに消えていく儚さには驚くとともに沈と聴き入る。 |
| ピアノトリオとビッグバンドのための組曲というより、ベース・ドラム・パーカッション、ピアノ、ホーンとジャズに不可欠な3つの要素が逆に「ビッグバンド」というジャズのスタイルを打ち砕いているようにも思える。
賑々しく勇ましいばかりでなく、オーケストラのシンフォニーにも、ワンホーンジャズにも聴こえる。
もちろん、迫力のある音が、バリバリと響いてくるけれど、ビッグバンドによく言われる「厚い音」「厚みのある」より、深さのほうがボーヒュスレーン・ビッグバンドにはふさわしい。 |
| ライナーノーツのラーシュ・ヤンソンの言葉に、北欧のモダニズム詩人Gunnar Bjorling とスペイン現代美術のAntonio Tapiesから多くの影響を受けているとある。
タイトル『One Poem,One Painting』とは、この二人から得られたのだろう。
詩と絵画にインスパイアされて音楽も生まれる。
詩と絵画と音楽とまったく別のものの存在が互いに作用しあっているように、このアルバムはいくつもの層が重なる多様性の美しさに溢れている。
ひとつの楽器がソロをとっているバックに聴こえる他の楽器が モダン、フリー、ビ・バップ…とジャズのいろんなスタイルを同時に演奏しているようであり、心地よく調和している。
それは町の風景そのものなのだと思う。
様々な人が様々な暮らしを営んでいるのが、美しい町なのだと思う。 |
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--- Momoyo Wada --- |